日本とイギリスにおける相続制度の違い

最近は海外に移住する人が増加し、海外で不動産を取得することも増えている。問題は海外に移住した人が亡くなり、相続人が日本にいたり、日本で亡くなった人の財産が海外にある場合の相続関係である。

特に日本のようなヨーロッパ大陸系の法律を母国とする国と、イギリスやかってのイギリスの植民地である米国、カナダ、オーストラリアなどとは相続制度を大きく異にする。

その場合、どの国ないし地域の法律が適用されるかは、各国の抵触法の問題であるが、簡単にいうと被相続人の国籍と相続財産の所在地によって定まる。

例えば、日本人がなくなる場合には、日本の法律によって相続人の範囲が定まるが、不動産が英国にあると英国の法律に従って、不動産を現金化し、相続人の債務と税金を支払った後に余りがあれば、相続人の相続分に応じて分配される。

以下、簡単に日本の相続制度とイギリスの相続制度を概観する。

 

Ⅰ.概要

1.日本

 日本においては、相続は、被相続人の死亡によって開始し(日本民法882条)、相続人(日本民法886条以下)が、特段の手続きを必要とすることなく、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(日本民法896条)。

2.イギリス

 これに対してイギリスでは、相続が発生すると、原則として、被相続人の財産の管理処分権は、人格代表者という裁判所で選任を受けた者に排他的に帰属し、この人格代表者の下で、被相続人の遺産が精算されることになる[1]

Ⅱ.手続

1.日本

 前述のとおり、日本においては、特段の手続きを取ることなく、被相続人の死亡により、被相続人に属した財産を、相続人が当然に承継することになる。

2.イギリス[2]

(1)人格代表者の選任手続

 A はじめに

前述のとおり、イギリスにおいては、人格代表者が遺産を管理することになるため、まずこの人格的代表者が選任されなければならない。人格代表者は、裁判所が、「grant」と言われる書面を受けて選任される。その選任手続は以下のとおりである。

B 事前作業

grantの申請する際には、死亡証明書の取得、遺言書の提出(遺言がある場合)、個々の積極財産・消極財産の調査、相続税の申告と税額の支払い、を済ませておく必要がある。

C grantの申請手続 

grant の申請手続は、非訴訟的に開始されてそのままgrant 付与へと至る(non-contentious proceedings とかcommon form procedure と呼ばれる)のが通常である。申請は、申請資格のある者が自ら行うこともでき、この場合には、登録所で一度は面接することが必要とされる。この面談と、Inheritance Tax Account を税務当局に提出した場合には、税務当局から当該登録所に送付されてきたスタンプ済のSchedule IHT 421 とが揃うと、grant が申請者に郵送されてくる。

(2)人格代表者の任務

 A 概要

 人格代表者は、以下の任務を遂行する。

・被相続人の積極・消極財産を確定する。

・相続税を支払う。

・grant を取得する。

・積極財産を集める。その際に必要に応じて、grantを、銀行、Building Society、被相続人が株式を保有していた会社の登録係、などに届け出る。

・必要に応じて、相続債務が支払える程度に、積極財産を換価する。

・相続債務の内容をチェックし、支払うべきものには支払う。

・残余財産遺贈でない遺贈を履行する。

・新たに見つかった積極財産・消極財産をふまえて、相続税の修正申告をし、必要があれば追加の税額を払う。全額払い終えたら、支払済み証明書(clearance certificate)を取得する。

・遺産管理費用(葬儀費用、人格代表者が固有財産から立て替えた分の償還、場合により人格代表者の報酬、ソリシタ等への報酬の支払い、等々)や、被相続人死亡後に生じた出来事に由来して生じた所得税や譲渡所得税を確定させ、支払う。

・遺産会計(estate accounts)を準備し、残余財産受益者(residuary beneficiaries

にどのくらい払うべきかを確定する。

・残余財産を相続受益者に移転させるために、あるいは残余財産をみずからが受託者として保持し続けるべき場合には、それを受託者としての自分に帰属させるための手続を取る。

 B 分配について

分配に関して人格代表者が有する主な権限として、次のようなものがある。

①人格代表者に人格代表者としての資格で帰属している財産権を、相続受益者に移転することにつきassentする権限。

assent する前に、人格代表者がその占有(possession)を回復する権利の留保つきで、

相続受益者に土地の占有を許可する権限。

③金銭で受け取るべき相続受益者に、物を割り付ける権限。遺言や制定法において別段の定めがない限り、当該相続受益者の同意を要する。この割り付けがなされた時点で、当該相続受益者の権利は当該物に移行する。

④有効な受領(valid receipt)をする資格の認められていない未成年の相続受益者に代わって受領する信託受託者を指名して、当該受託者への移転をする権限。また、未成年の相続受益者が有効な受領(valid receipt)をする資格を認められていないことを理由に、代わりに裁判所への支払い(payment to court)をする権限。

 なお、assentとは、人格代表者は、被相続人のみの名義で登記されている遺産中の土地の所有権(freehold)について、相続受益者あてに登記名義を移転することについて同意することができるというものである。

(1)無遺言

無遺言相続の場合の相続受益者として、生存配偶者と、血族とがあること、また、両者が競合した場合の生存配偶者の取り分が、競合する血族が誰であるか(被相続人の卑属か、親か、等)によって変わってくること、は日本法と同様である。但し、血族については、当該人が相続受益者としての資格をもつことは、当該人が18 歳になる(もしくはそれ以前の年齢で婚姻する)までは確定しない(つまり、被相続人の死亡後、18 歳になる前に死亡すれば、相続受益者たる資格は当初からなかったことになる)とされており、日本のように、相続開始時に生存しさえしていればその時点で遺産の承継資格があることが確定する、という仕組みにはなっていない。

無遺言相続受益者となる生存配偶者は、被相続人よりも28 日以上長く生存したことが必要であり、かつ、別居の裁判(judicialseparation)を得ていた配偶者は除外される。

血族としては、次の順序で、無遺言相続受益者としての資格が与えられる。

①子(代襲を含む。卑属issue ともいう)

②両親(parents

③血の兄弟姉妹(brothers and sisters of the whole blood

④その他の血族

(2)部分的無遺言

部分的無遺言とは、有効な遺言は存在するが、何らかの事情で当該遺言では個々の遺産の全部ではなく一部分しか処分されていなかった場合に発生する。

この場合には、処分されていなかった部分(以下、「未処分遺産」という。)について、完全無遺言相続のルールに従った分配がなされる。もっとも、遺言に別段の定めがあればそれが優先する。遺言で受けた分を勘案して、未処分遺産の分配を特別受益のようにして調整するメカニズムは存在しない。

部分的無遺言の場合には、有効な遺言は存在することになるが、その遺言で遺言執行者が有効に指定されていることも、されていないこともありうる。遺言で指定された者が人格代表者としてgrant を受ける場合には、その者は遺言執行者(executor)となり、選任の際には検認状(probate.これには遺言の写しが付される)がかれに付与される。そうでない場合には、選任された人格代表者は遺産管理者(administrator)となり、選任の際にはletters ofadministration という書類が当該人に付与される。

(3)遺言

1982 年1 1 日以降に死亡した被相続人については、方式面での遺言の有効要件として、以下の5 つが要求される。

①書面であること。書面の材質や、用いた筆記用具の種類に特に制約はなく、また手書きでもタイプしたものでもかまわない。

②遺言者の署名。フルネームを自ら書くのでも、意図的にそれに代わるものとして書かれたマーク(イニシャル、ゴム印、×印、拇印など。非識字者や、肉体的理由で筆記できない者が遺言をする際に有用)でもよい。また、遺言者の面前もしくは遺言者の指示に基づいて、第三者(後述の証人であってもなくてもよい)が署名する(遺言者の名前を書いても、当該第三者の名前を書いてもよい)ことでも足りる。

③②の署名により遺言者がその遺言に効力を与えることを意図したと見受けられること。

その意図が遺言書自体からうかがえることは必要ない。

④②の署名を遺言者自らが筆記する行為、または既に署名されたものを遺言者が認める(acknowledge)明示ないし黙示の行為、が2 人以上の証人の面前においてなされること。⑤証人が、遺言者の面前で、署名するか認める(acknowledge)こと。2 人以上の証人が、署名する行為または認める行為を同時におこなう必要はない。

以上のほか、規定は特にないものの、「われわれ証人らの面前で上記X(遺言者)により署名され、またXの面前でわれわれにより署名される」等の文面(attestation clause と呼ばれる)を付すのが通常であり、またそうすることが強く推奨される。attestation clause が付されていない場合には、grant の申請手続の際に、遺言書が適式に完成された(dulyexecuted)旨が、宣誓供述書(affidavit)によって証明される必要がある。

3.注意点

以上のように、日英で相続手続は大きく異なる。しかし、日本所在の財産、特に不動産を英国人から相続することを念頭に置いた場合、日本の国際私法たる法の適用に関する通則法(以下、「通則法」という。)が適用されることになる。

 通則法36条は被相続人の本国法が準拠法となるとしているため、当該相続はイギリス法に従って判断することになるが、コモンローの国では一般に、相続につき、不動産については不動産の所在地法が準拠法となる旨の規定が存在する。これにより、日本所在の不動産相続は、結局、日本法に従うこととなる。

したがって、日本所在の不動産は、英国人の相続であっても、あくまで日本の相続制度を前提に判断することとなる。

.相続分

1.日本

 日本では、子と配偶者が相続人であるときは、子と配偶者の相続分は各1/2となる(子が複数の場合、1/2×1/子の数が各子の相続分となる)。配偶者と直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は2/3、直系尊属の相続分は1/3となる。配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は3/4、兄弟姉妹の相続分は1/4となる。

2.イギリス

既に述べたように、英国人の相続であっても、日本所在の不動産相続は、結局、日本法に従うこととなる。

 したがって、英国人を被相続人とする日本所在の不動産の相続分については、上記Ⅱ、1の相続分と同様に考えることとなる。

Ⅳ.結び

 以上のように、相続制度は日本とイギリスで大きく異なる。しかし、専ら日本所在の不動産を念頭に置いた場合には、不動産相続につき準拠法が日本にとなるため、日本法の理解を前提に判断すれば足りることとなる。

 もっとも、国際相続には、他にも種々の法的問題点があり、税務関係も複雑を極める。したがって、国際相続の問題が生じた場合には、国際相続を専門とする法律家に相談することは必要といえよう。

以 上



[1] 大村他「各国の相続法制に関する調査研究業務」(商事法務研究会、2014年)

[2] 金子敬明「イングランド法」商事法務研究会『各国の相続法制に関する調査研究業務報告書』43頁以下

 
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