毎週水曜日配信、「カジコンの不動産業界地獄耳


業界歴21年、不動産会社専門コンサルタント 梶本幸治さんが、不動産業界で見た・聞いた話を紹介します。

今回は、相続人が沢山いる土地の売買に関するお話です。(リビンマガジンBiz編集部)

少子高齢化社会を迎え、不動産業界では持ち主が亡くなった後の不動産売却案件が増えています。
相続した不動産は、相続員全員の了解がなければ売却できません。この「相続員全員の了解」がなかなか難しいことをご存知でしょうか。

田んぼのあぜ道(画像=写真AC)
知り合いのHさんは、熱血漢で知られる不動産営業マンです。いつも気合と根性と誠実さで優秀な営業成績を残していました。そんなHさんに、懇意にしている住宅メーカーの担当者から電話がかかってきました。
住宅メーカーの営業マン曰く
「ウチで新築を建てたいと希望される方が、ご自身で土地を見つけてきた。その土地の所有者に売却するように提案を行って貰えないか」とのことでした。
通常、売りに出ていない物件に対して不動産会社側からアプローチをかけ、売り物件にすることは非常に難しいことです。しかし、そこは熱血営業マンのHさん、素早く行動を開始します。その土地の登記簿謄本を取得し、売主の名前と住所を調べました。そして、アポなしで売主宅へ訪問することにしました。
菓子折りを下げてHさんが訪れた売主宅は、周りを田んぼや畑に囲まれた田園地帯に建つ古民家でした。築100年ほどは経ってそうなお屋敷は伝統的な旧家を感じさせます。
しかし、熱血漢のHさんは怯みません。門の前に立つと、大きな声で「すみませ~ん。どなたかいらっしゃいませんかー!」と屋敷の奥へ呼びかけます。すると奥から農作業で日焼した思われる、黒く焼けた50代くらいの小柄な男性が出てきました。
Hさんが事の仔細を説明すると、日焼け男性は
「あぁ、あの土地ね。実はウチとしてもあの土地は売りたかったんだよ。買い手さんがいるなら是非紹介して下さい。しかし、登記上は死んだ親父の名義になっているから、名義の書き換えが必要だね」と、とても良い反応ではありませんか。
とんとん拍子に進む話に興奮しつつも、Hさんはベテラン営業マンらしく売主様の状況を詳細にヒアリングします。聞き出せた内容としては
・今の登記名義人は亡くなったお父様で、お母様はお父様に先立って他界
・兄弟3人が法定相続人で、日焼け男性は長男。次男も売却には同意しているが、三男が行方不明
・三男は「フーテンの寅さん」のように、たまにフラっと実家に帰って来るが、何をしているか不明
Hさんは司法書士に相談し、「とにかく三男の居場所を突き止めるしかないですね」とアドバイスを受け、長男の日焼け男性に対しては「三男さんが帰省されたらスグにお電話下さい」と伝えておいたそうです。
それから1ヶ月ほどたったある日でした。日焼け男性から「弟(三男)が帰ってきた」との連絡を受けたHさんは、取るものも取らず売主宅へ急行しました。しかし時すでに遅し、到着した頃には三男は日焼け男性が止めるのも聞かず、フラッと出て行った後でした。
「まだ近くにいるはずだ」と思ったHさんは三男の名前を大声で呼びながら、辺りを探します。すると、50m先のあぜ道を歩いていた男性が振り向きました。その顔は写真で見覚えのある三男です。
「三男さん!不動産屋です!話を聞いて下さい!」と叫びながら駆け寄るHさんに対し、三男は背を向けると全力で反対方向に駆け出しました。それからの5分は、Hさんと三男の駆けっこです。夕闇せまる田園の中を、2人のオジサンが全力で追いかけっこする姿は、さぞかし奇妙なものだったでしょう。
しかし、熱血Hさんの執念に負けた三男は、田んぼのど真ん中で捕まりました。そして、こう言ったそうです。「相続とか名義の書き換えとか、そんな面倒なことは嫌だったんだが、あんたの根性には負けたよ。俺は土地なんか興味ないから、もう好きなようにしてくれ」
その後、三男の判子を貰うことに成功したHさんは、無事土地の売買契約を済ませ、この案件を紹介してくれた住宅メーカー営業マンからも大変感謝されたそうです。
それまで、「熱血営業マン」「根性営業マン」と呼ばれていたHさんですが、この案件以降は「俊足営業マン」とも呼ばれるようになったとか・・・ならないとか。
「営業は足で稼ぐ」とは、上手く言ったものです。
 
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