税理士 金井義家 ニュースの目利き


ちまたにあふれるニュースの中には、不動産ビジネスに役立つ「金のニュース」が存在する。不動産ビジネスに造詣の深い公認会計士・税理士の金井義家さんが解説します。(リビンマガジンBiz編集部)

(画像=写真AC)

今月は税務当局と争いになることが多い所得税、相続税に関連する不動産賃貸借の事案を取り上げます。非常によくあるケースなので、今一度、知っておきましょう。平成29年3月3日の国税不服審判所の裁決事例を紹介していきます。

「テニスコートを貸します」父親が息子の会社に不動産を賃貸

この事案では、不動産貸付業を営むある人物が税務当局に不満を持ち国税不服審判所に訴えました。

この請求人(以下「父親」といいます)は、自身が所有する「テニスコート及びクラブハウス」の土地・建物(以下「テニスコート等」といいます)を、請求人の子(以下「息子」といいます)が代表取締役を務めるA社に年間約480万円の家賃で貸し付けていました。ちなみにA社の株主は、この父親と息子の2人だけです。

ところがこの年間約480万円という家賃は、相場を大きく下回る水準でした。その背景には、このA社は数年前から経営が悪化し、債務超過の状態にあったことがあります。「よーし!だったらパパのテニスコートを自由に使っていいよ!」という会話があったかどうかはわかりませんが、父親は債務超過であったA社をサポートすることにしました。何しろ、実の息子が代表取締役を務めるA社が苦しんでいるのですからそれもわかります。

相場を大きく下回るほど格安の家賃でテニスコート等を父親から貸してもらったA社は、それをそっくりそのまま第三者に転貸すなわち又貸ししました。もちろん第三者からは相場の家賃をもらうわけですが、一体それはいくらだったと思いますか?何と年間約2,800万円です!言うなれば、もともとこのテニスコート等の相場の家賃は2,800万円くらいなわけです。それをA社は父親から格安の年間約480万円の家賃で貸してもらって、毎年2,300万円以上を「ピンハネ」していたことになります。いくら息子が経営している会社とは言え、これはちょっとおかしいですよね。

嘘っ!?父親は固定資産税等を自腹で負担してまでA社に格安で賃貸

それどころかこの年間約480万円という金額は、父親が負担しているテニスコート等の固定資産税等の額にすら満たない金額だったのです。つまり父親は固定資産税等の一部について自腹を切って負担してまで、A社に格安でテニスコート等を貸していたのです。ポータルサイトで見かけたら、事故物件を疑うレベルの安さです。ちなみに、事故物件検索サイト「大島てる」に、テニスコートも含まれているかはわかりません。テニスの主審に激高した女性選手は見たことがありますが、殺人まで発展したケースがあったかどうかは寡聞にして知りません。

契約書には「賃貸借契約」と書かれているが、実態は「使用貸借契約」

このあまりにも安すぎる家賃は税務当局から目をつけられてしまいました。このような不自然・不合理な取引は「けしからん」という話になったわけです。ではどうやって課税処分をしたものか。税務当局にはいくつかの選択肢があったと思われますが、今回、選ばれたのは「使用貸借契約」と認定することでした。

父親とA社の間には「テニス施設賃貸借契約書」と題する書面が作成されていました。つまり格安と言っても父親はA社から家賃をとっているわけですから、通常の「賃貸借契約」と考えたのです。しかし税務当局は、この父親とA社の契約を「使用貸借契約」と認定しました。つまり父親は家賃をとっていることはとっているが、あまりにも安すぎて固定資産税などを払うと赤字になっているわけだから、これはもう家賃をとっているとは言えない、事実上の「タダ貸し」であると税務当局は考えたのです。この「タダ貸し」のことを、きちんとした法律用語で「使用貸借」というのです。

ではこの父親とA社との取引が「賃貸借契約」ではなく「使用貸借契約」であるということになると、何が変わるのでしょうか。

それは父親の所得税申告において、このテニスコート等の維持管理などにかかった様々な支出などが、必要経費として認められないということになります。例えば父親はこのテニスコート等を維持管理するために、固定資産税や管理費、修繕費などを負担しているはずです。このテニスコート等が収入を産んでいれば、これらの支出や減価償却費は、所得税を計算する際の必要経費として認められることになります。

当たり前の話ですが、所得税は「(収入-必要経費)×税率」で決まりますから、必要経費が増えれば増えるほど安くなるということになります。

しかし「使用貸借=タダ貸し」ですから、このテニスコートは全く「収入を産んでいない」ということになったため(実際は収入を産んでいても、極めて少額のため、実質的には産んでいないのと同じだという話です)、テニスコート等の維持管理にかかった固定資産税などは全て必要経費として認められないということになってしまったのです。

このことは、次のように考えると少し分かりやすいかもしれません。

例えば自宅と賃貸アパートを所有している人がいたとします。自宅にも賃貸アパートにも固定資産税がかかるわけですが、所得税の必要経費として認められるのは「収入を産んでいる」賃貸アパートにかかる固定資産税だけで「収入を産んでいない」自宅にかかる固定資産税は必要経費としては認められません。

そして、本件のテニスコートは自宅と同じように「収入を産んでいない」ということになったわけだから、そこにかかった支出なども必要経費として認められないということになります。そうすると必要経費が減ってしまいますから、当然に所得税は増えるわけであって、この差額の所得税を追加で払いなさいと税務署から父親は言われてしまったということです。もちろん国税不服審判所では父親の主張は全くとおりませんでした。

>>2ページ目:使用貸借は相続税にも大きな影響が!(続き)

 
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