9月29日は画家「ロイ・リキテンシュタインが亡くなった日」である。

ポップアートの第一人者として知られるロイ・リキテンシュタインは、肺炎のため、1997年の本日亡くなった。73歳だった。

リキテンシュタインは、1960年代にアンディー・ウォーホルらとともに、ポップアートを第一線に押し上げ、世界に影響を与えた人物だ。

ポップアートとは、雑誌や広告、漫画などを題材にした芸術であり、大衆文化の影響下で急激に発展したもの。

その中でも、リキテンシュタインは、パロディを通じた表現を得意とした。特に新聞などに描かれていた大衆漫画をモチーフに絵画を創作する手法で、洗練されながらも親しみやすいアートを量産した。

作品の多くは、原色でベタ塗りし、影はドットの大小で表現されている。

リキテンシュタインは、印刷する際に写り込むドットを手書きで表現し、まるで印刷物を拡大したかのように描いた。派手な原色は誰の目にもとまり、注目を集めた。

ロイ・リキテンシュタインのポップアート (画像=Photos For Class)

リキテンシュタインが初めて個展を開いた時、その奇抜さから、これまでのアートの概念に凝り固まった守旧派から多くの批判が寄せられた。

しかし、当時の若者には、熱狂的に受け入れられた。

1960年代の若者は、大量生産される商品やカルチャーに飽き飽きしていた。

ポップアートは、その大量生産品をデフォルメしたうえ、さらに魅力的に描き、若者の知的欲求を満たしたとされる。

そのポスターや版画などは、部屋の中に飾られ、芸術という文化を若者の部屋に持ち込ませた。

アートを小さなアパートの中にまで持ち込み、気づまりな美術館や成金趣味の邸宅から強奪してみせたのだ。

リキテンシュタインは、ポップアートの旗手として現れて以来、30年以上にわたり、第一線で活躍し続けた。

しかし、やがてポップアートは、衰退の一途を辿っていく。

熱しやすく、冷めやすい若者文化は、ロックやファッションなど他の芸術に目移りしてしまったのだ。

その後、ポップアートは、広告業界に受け入れられ、様々な商品の広告に使われた。

商品をアイコン化できるポップアートは、広告美術として、日常のなかに普及し、生活の一部となる。

その中でも、リキテンシュタインは一貫してパロディとしてのポップアートの姿勢を崩さなかった。

いまも、リキテンシュタインの作品はお菓子の包み紙やTシャツのデザインに使われ、アートと気づかれないままに我々の生活に影響を与えている。

敬称略

 
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