「この物件にします!」申込をするユーザーには、ある共通の特徴があった。

賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。(リビンマガジンBiz編集部)

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賃貸の営業研修は「管理物件獲得」の研修と「賃貸仲介営業研修」

春になると、新入社員の研修を依頼されることが多い。不動産事業の基礎的な研修から、コンプライアンス研修まで、多岐にわたり、各不動産会社様から要望を頂く。そしてこの新入社員向けの研修の時期が終了すると、次は、営業テクニックの研修の要望が増えてくる。時期としては、初夏頃から徐々に増えていくような印象だ。

賃貸業での営業研修は、大きくふたつに分けられる。「管理物件獲得」の研修と「賃貸仲介営業研修」だ。前者が対オーナー向けの営業研修なのに対して、後者は、対ユーザーに向けた接客、申込の研修である。特に賃貸仲介営業は、やはり現在でも、「人」によるところが多い。

たしかに、AI機能の発達で、賃貸仲介営業の内容にかなりの変化を起こしつつある。ただ、それでも2021年の現在では、対応を行う営業メンバーの提案力が重要視されているのが現状だ。おそらく、しばらくは、この「ヒトの営業力」を完全無視することはできないだろう。

およそ、20年近くこの業界にいると、まるで「生きる伝説」のような営業マンに会うことがある。彼らは、自社内で圧倒的な成果を残す。その素晴らしい成績の名声は、他社のライバル企業にも轟くほどである。平均的な仲介営業の売上の軽く5倍程度の営業成績を残し、しかもそれが単月ではなく、継続的な成果を生み出す。まさに「生きる伝説」だ。

ちなみに、この「営業成績」という括りは、各社によって様々である。たとえば、店舗の担当物件の更新料は、計上するのか。自社の管理物件を成約すると、売上ポイントが加算されるのか。各社様々なルールがあるので、本当の力量というのは、なかなか判断し難い。ましてや、規模も集客方法も異なるのと、対応数も各社によって大きく異なる。そう考えると、なかなか「数字の取れる営業メンバー」の定義というのは、難しいものだ。

とはいえ、それでも前述したような「生きる伝説」となる営業メンバーは、存在する。彼らは、どういうルールであれ、他メンバーに比べて、圧倒的な成果の差を生み出している。ちなみに、私はよくそういった「生きる伝説」の営業メンバーに話を聞きに行っていた。それは、単純に自分の営業成績がイマイチのため、「売上を上げたい」という理由が一番だが、何より営業の「奥義」みたいなものを掴みたかったのが大きな理由だったかもしれない。彼らの「共通項」は、なんなのか?彼らの「テクニック」は真似できるのか?そうしたことをひとりに聞くのでなく、複数人に聞いてまわっていた。

結論から言えば、彼らの営業の共通点は、ほとんど無かった。とある人は、とにかく喋りまくり、押しまくる。とある人は、ひたすら細かく、細かくヒアリングし、聞き役に徹する。物件の提案件数もバラバラ。とある人は、複数物件を提案し、とある人は、本当に最小限しか提案しない。勿論、キャラクターもバラバラだ。コミュニケーション能力が高い人間だけが、圧倒的成績を残せるわけではない。明るい人間もいれば、そうではない人間もいる。結局のところ、彼らは、真似できない「オリジナリティ」で勝負をしているのだ。自分は自分なりのやり方でやっていくしかない。これが当時の私の結論である。

それから約10年経ち、最近、ある不動産会社の営業メンバーのかたと話す機会があった。彼の成績は、社内では圧倒的で、これから「伝説」になるであろう期待の若手だ。話題が「営業手法の話」になり、私は10年前と同じ質問を何の気なしにしてみた。

「営業成績を上げるコツって何かあるの?」

「特にありませんね。。強いて言えば、細かく図面を送るぐらいですかね」

やはり、今回も同様だ。共通の「奥義」は無さそうだ。やはり見えない個のチカラが重要視されるのだ。

しかし、会話の終わり側に、彼がふと呟いたことに、私はある種のヒントを見出すことができた。

「けど、お部屋を決める人って特徴あるんですよね」彼は、不思議そうに言った。

「内見時、部屋に入った瞬間、表情が明るくなり、その後、黙ってその部屋を見ているお客さんは、ほぼ申込されます。逆に、いろいろと喋りかけるお客さんは、悪い言い方だけど、いくら物件を褒めてくれても申込されないですね。黙って検討されている時は背中を押します。いろいろと喋られるお客さんは、この内見物件以外の提案をします」


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「生きる伝説」に聞いた営業の奥義

ちょうど、「生きる伝説」だった営業メンバーに話を聞いていた当時、私は、クロージングのポイントについて、よく質問していた。クロージングは、営業でも最重要視される項目だ。特に私は、それが苦手だ。前述したように彼らの営業、クロージング方法は、バラバラだった。言葉数を多く畳みかけるメンバーもいれば、ゆっくりロジカルに説得していくメンバーもいる。その当時は、彼らの話を聞いて、やはりそれぞれのやり方があるのだな、と思ったものだが、最近の彼の「申込時のユーザーの特徴」の話を聞いて、当時をふと思い出した。

「生きる伝説」の彼らの大半は、こう言っていた。「申し込みされるだろうな」という場合は、こうする。「申し込みしないだろうな」という場合は、こうしない。つまり「見極め」の問題だ。クロージングトークは、バラバラだが、おそらく「見極め」るポイントは、共通項があるのではないだろうか。また、彼らの大半は、確かにこうも言っていた。「とにかくお客様を観察しますね」

以前、住宅展示場でナンバーワン売上げをほこる営業マンと話をしていた際に、彼はこう言っていた。「とにかくお客様を見ることです。彼らをじっと見ているとなんとなく購入するか、しないかがわかるんですよね。特に真剣な表情で物件を見ているときは、ほぼ購入されます」

人が何かを購入する際、その購入金額が大きければ大きいほど、真剣に検討する。これは、部屋を借りるという行為に対してもそうだ。実際に自分が数年もの間、生活する部屋を決定する際、ベラベラと喋りながら物件を決める人は少ない。頭の中で、この物件に住んだ想定を行い、そして費用を計算する。家具の配置、生活スタイルを想像し、内省する。そのような時に、いきなり同席した営業マンが畳み掛けると、後押しにはならない。むしろ、迷惑だろう。逆にお客さんが、よく営業メンバーに話しかけるということは、あまりこの内見した物件を候補として考えてないのかもしれない。

「生きる伝説」である彼らは、おそらくこのようなユーザーの「検討時間としての沈黙」を嗅ぎつけ、その後に自分自身のセールストークを展開していたのだろう。

昨今、営業研修では、よく「話し方」や「伝え方」などがよくクローズアップされる。それはそれでとても重要なことなのだろうが、実際に一番大切なのは、「顧客の見方」なのかもしれない。「沈黙し塾考する」ユーザーを邪魔してはならない。これがある種の営業メソッドなのかもしれない。自分の得意技を出すのは、その後の問題のようだ。まず、顧客を理解すること。そして、その検討中の表情で、「察知」すること。これを忘れてはいけない。

 
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