オーナーに届かない賃料査定業務の話

賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。(リビンマガジンBiz編集部)

画像=Pixta

賃料査定は賃貸管理会社の大切な業務

賃貸仲介および管理業の業務のひとつとして、「賃料査定」がある。この賃料査定を行う機会は、おもにふたつある。

まず、ひとつは、「既存物件」を管理替え獲得、もしくは募集の切り替えをするための賃料査定だ。このケースは、中古物件のため、成約事例なども割と容易に調べることが可能である。またそうした理由から各社、査定額にそこまで大きな差異は生じないのではないかと感じる。もうひとつは、「新築案件」の査定である。これは、肌感として、各社から提案される査定額は、多少開きがある。勿論、最近はAIなどの自動査定ツールも浸透されつつあり、以前よりは、大きな差は生まれなくなってはいるが、それでも各社バラつきがあるように思う。

賃料査定に対して、各社の賃料査定の結果は、(とくに新築物件においては)様々であるが、では、実際の査定方法に不動産会社によって、差があるかといえばそうではない。ほとんどの会社が以下の査定方法を用いている。

まずは、近隣、同エリアで同条件の広さ、設備、築年数の募集賃料を調べる。またそれと同時に、同様の条件で成約事例などを調べる。ここで、なんとなくの賃料の目安を見立てる。

次に、実際のユーザーのニーズを考え、その見立てた賃料を補正していく。ここで、各社によって差異が生じてくる。逆に言えば、この補正ポイントこそが、まさに現場の知見が生きる場面でもある。

「ひとつの設備がないだけで、近隣の競合物件に負けてしまう」という理由から賃料を低くしたり、また幹線道路、大きな通りを超える、超えないの違いを反映したりと、様々な要因を加味しながら賃料に加味していく。まさに現場の勘を発揮するのが不動産業務の醍醐味だ。

では、このように査定担当者の「生の声」を活かした最適な賃料査定の結果が果たしてオーナーにうまく伝わっているだろうか?

また現実的で、かつ、現場に寄ったリーシング方法を、開発の担当者はしっかりと伝えているであろうか?

現実的には、難しい問題があることも事実である。

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管理委託が欲しくて無理な賃料査定をしてしまう

以前、とある数百人規模の中堅の不動産会社の仲介責任者から聞いた話を紹介したい。

彼の所属する会社の事業の根幹は、新築物件を受託し、自社でリーシング、管理を行うという所謂スタンダードな賃貸不動産業であった。

当時の部署としては、案件を獲得する「開発部」、管理業務全般を行う「管理部」、そして店舗にてリーシングを行う「仲介部」の3つから成り立っていた。これも、よく見られる組織構成だ。

こうした組織体制の場合、まず開発部隊が、建築会社や地主に、積極的な営業活動を行う。人脈や地縁を活かした、きめ細かく、地道な活動だ。なかなかすぐには、案件は貰えないものの、粘り強く営業をすると、そこから査定の案件を獲得することができる。開発部隊では、査定案件を獲得すると、それを社内に持ち帰り、査定業務を行う。

この社内での査定業務の際に、多くの不動産会社では「現場の意見」として、仲介、リーシングの部署からヒアリングを行う。最適な賃料は?懸念点は?どういったプランニングならばリーシングが容易か?などを開発部隊がヒアリングをする。

その彼の会社も同様のフローで業務を行なっていた。当時、まさに昇り調子だったその会社は、とにかく仲介責任者である彼へ、毎日多数の査定依頼が開発部署から届いていた。査定案件が増えると、当然、専任物件も増えてくる。嬉しい悲鳴ですね、と私が言うと、彼の顔は曇った。

「そうとは言えないんですよ。いくら僕が適正な査定しても、その査定額で、案件が取れることはほぼ、皆無です」

どうやら彼へ依頼する査定は、あくまで会社の業務のフローの流れの一端であり、実際の提案時の査定価格には、ほとんど反映されないようだった。

理由は、シンプルなものだ。「現場の査定賃料だと、案件が獲得できない」。これが理由であった。

仲介担当者としては、当然、「つきやすい」価格で査定する。最も怖いのは、空室リスクだからだ。管理物件の多い会社、かつ上記のような組織体制のような会社の場合、仲介担当は、管理物件を満室にするということが至上命題にあげられる。

いっぽうで、開発担当者は、物件獲得それ自体が至上命題となる。相場よりも大きな乖離を生む賃料での提案はしないにせよ、コンペになった場合は、心情的に少しでも他社より高い賃料で提出したいのが、本音だ。

この組織の相対する目標が原因で、当時、その会社の「開発」と「仲介」は、犬猿の仲であった。仲介からすると、自分たちが難しいと考える募集賃料の物件を開発から押し付けられる。いっぽうで、開発のほうは、こちらの営業努力について後ろ向きの意見しか言わない仲介に対して、辟易とする。そんな状態だったので、飲み会では、互いがいっぽうの部署の悪口を言うのが通例となっていた。

こうした不動産会社は、多いのではないだろうか。現場の意見をダイレクトにオーナーに伝えると、案件獲得は困難になる。また、実際に案件獲得をした場合は、開発部のほうで提案をした賃料で、社内の仲介部隊に依頼せざるを得ない。しかし、実際はなかなかリーシングに苦労してしまう。開発側が仲介側にハッパをかけるが、自分たちの意向とは違う募集賃料のために、仲介側から反発が起こる。このようなことが続いていくと、少しずつ組織内に軋轢が生まれる。こうしたケースは、かなりあるのではないかと感じる。

このようなことを防止するために、ある会社では、査定回答を松竹梅の3パターン用意し、同時にオーナー側に伝える提案を行った。

まず、松パターンでは、現場の査定より、かなり高い査定価格を提示する。いわば、「案件獲得できる賃料」だ。その際に、空室リスクの説明、広告料の増額などの提案も説明する。

次に、竹パターンでは、現場の意見に即した査定価格を提示する。多少、リーシングに苦労はするかもしれないが、現場側の営業努力により、何とかなるパターンの金額が竹パターンになる。

そして、最後の梅パターンでは、ある程度、成約が見込まれるであろう賃料を提示する。

またさらにその査定書では、現場のコメントとして担当者名を記し、エリアの市況や、リーシング施策などをしっかり内容に盛り込むするようにしたそうだ。

あくまで案件は獲得したいが、現場の意見はこうだ、と査定書に盛り込むことで、より現実味が帯びてくる。またこうした現場の意見を反映させることにより、仲介側にも責任感が生まれ、開発との連携が生まれやすくなった。

ちなみに、この会社は、こうした査定提案方法で多くオーナーの信頼を得ることができ、他社よりも低い金額でも受注できるようになった。

上記に書いたように、「本当の査定価格」というのは、なかなか表に出てこない。新築のプランニング段階からの査定依頼に対して、受注したいがために、無理な金額を提案してしまう不動産会社が大半なのが、現実かもしれない。

ある意味では、仕方がないかもしれないが、結局のところ、高い賃料で募集して、新築段階で満室になったとしても、その後は、高い空室リスクが発生してしまうことは、明白だ。

そうした場合は、いかに査定書で現実的な視点を出していくかが重要になってくる。低い金額を提案するだけではなく、その根拠を示していく。また高い金額の際は、リスクを説明する。しっかりとした管理サービスやリーシング力があれば、オーナーからの信頼を得ることも可能な筈だ。是非一度、査定書の見直しをしてみても良いかもしれない。

 
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