遠くない将来、不動産テックによって不動産ビジネスは劇的に変化すると言われている。これまでの商慣習や仕組みが変わり、無数の新ビジネスが生まれるかもしれない。

不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。

今回は、ワンダラス(東京・港区)遠藤栄一社長に聞く。(リビンマガジンBiz編集部)

ワンダラス・遠藤栄一社長

―提供しているサービスについて教えてください。

当社が2020年6月からβ版の提供を開始した「OlivviA(オリビア)」は、マンションの将来の担保価値(最低資産価値)をAIが予測するサービスです。

例えば、住まい購入を検討しているとき、多くの人が将来の資産価値やローンに関する不安を感じています。住宅系コンサルティング会社の調査では、住宅購入において約90%の人が何かしらの不安を抱えているそうです。特にお金に関する不安が大きな要素を占めるというデータもあります。

そこで、住宅購入に関する不安の対象を可視化することはできないかと考えました。

不動産の競売落札価格を、不動産のボトムの価格、つまり最低資産価値と考え、競売の落札結果データを集積することで10年後までの競売市場での落札価格を予測できるAIを作りました。

「OlivviA」 画像提供=ワンダラス

例えば、住まい選びで同価格帯の同じようなスペックの物件を比較検討する際に、今までは物件の立地や築年数といった物件条件を参考にして決めていたはずです。でも、「OlivviA」を使えば、最低資産価値という新しい判断材料を提供することができます。同じ売出価格の似た物件でも、競売データや公示価格、立地、住戸スペックなどの情報を元にAIが算出すれば、異なる最低資産価値が提示されます。

―最低資産価値は物件選びの指標になる。

家を買いたい人だけではなく、ローンを借り換えたい人、売却したい人もユーザーになります。不動産会社に問い合わせる前の下調べとして、「OlivviA」を利用してもらう。今後は、様々なオプション機能を提供する予定ですが、基本的には無料です。

一方、「OlivviA」に登録している不動産会社や住宅ローン関連企業には、ユーザーが検索した購入検討中または売却検討中の物件情報を匿名化した上でリードデータとして提供するような、デジタルマーケティングでの集客支援をしていきたいと思っています。

従来のポータルサイトは、物件情報を集客用のメインコンテンツにして不動産会社からの掲載課金や反響課金、成約課金でマネタイズしていますが、我々はそこの土俵で戦わず、違ったアプローチで攻めていきたい。

また、一般のエンドユーザーだけではなく、不動産仲介会社や金融機関等がユーザーとして利用することも想定しています。仲介会社の担当者が物件提案時に「OlivviA」をコンサルティングツールとしても使えるような、プロフェッショナル向けの上位バージョンも今後リリースしていく予定です。

―最低資産価値の元となる競売落札価格のデータはどれくらいあるのでしょうか。

2014年から全国の競売落札データを集計しています。マンションだけで約23,000件以上のデータを蓄積しています。恐らく、金融機関や大手の不動産会社でも持っていないデータでしょう。

―最低資産価値が競売落札価格を元としているという部分では、その価格で取引されないケースの方が多いですね。例えば一般的な売買仲介や、任意売却の場合は、「OlivviA」の価格よりも高い価格になる可能性が高い。

そうですね。

「OlivviA」はあくまでも、一番保守的に見積もったらいくらで売れるかが分かるサービスということです。

実際には、最低資産価値よりも高い価格で売れる可能性の方が高いですが、最低いくらぐらいで損切りできるかという部分が重要です。

また、買いたい人向けのAI価格査定という点では、将来の資産価値の最低ラインを予測するという部分は重要なポイントだと思います。

家を売るための価格査定サービスはたくさんありますが、買う前の物件選びの指標として将来の資産価値が高い物件を知るために「OlivviA」のニーズがあると思っています。

 

ワンダラス・遠藤栄一社長

―ワンダラス社は「競売マンションドットコム」というサイトも運営していますね。

2014年の秋頃から始めたサービスです。裁判所の競売データを集計して公開しています。

不動産会社に向けては「競売マンションドットコムPRO」として競売の落札価格を予測するサービスを提供しています。不動産会社が入札したい物件を調べると、落札価格の予想や近隣や同物件の過去の落札結果データなども知ることができます。

これまで現地調査から始まって数日かけて査定していた作業よりも高い精度で、参考指標となる妥当な入札価格をAIが提示してくれます。

―AIでの不動産価格推定サービスはたくさんありますが、「OlivviA」の差別化ポイントはどういった部分でしょうか。

AIは、どういったデータを学習させるか、データセットの作り方で8割方勝負が決まると考えています。

「OlivviA」は、競売結果データをメインデータとして活用して、AIの予測対象となる目的変数に「将来の競売落札価格」を設定している点が一番の差別化ポイントです。

例えば、競売物件の落札において、落札者には個人と法人が存在します。法人は、基本的に転売目的のためその時々の景気も考慮に入れた経済的合理性の範囲内で、シビアな価格で落札しています。一方、個人の場合はどうしても欲しいといった思い入れが加わって落札価格が高くなることもある。つまり個人の落札結果は当てにならないため、データセットから除外しています。

ほかにも、競売物件の場合、予測精度の向上に必要不可欠な競売データ特有の変数がいくつもあるので、これらを考慮することがとても重要です。

こういった細かいところまでを見てデータをクレンジングしながらデータセットを作ることができるかがポイントだと思っています。

競売データを使って、将来の競売の落札価格を予測するAIという分野では、現在特許を出願しており、オンリーワンの存在になれると思っています。

―競売という不動産のなかでもニッチな市場でサービスを提供するに至ったきっかけはあったのでしょうか。

もともと、大学・大学院ともに金融担保法のゼミに入っていたことが大きなきっかけです。

起業したいと強く思っており、大学院で、民事執行法という競売システムのルールを決める法律について学んでいるなかで、それをビジネスに繋げることができるのはないかと感じました。

できれば大学院卒業後すぐに起業したいと思っていたのですが、当時はエンジニアの知り合いがいたわけではなく、起業準備期間として、事業の構想を考えながら試行錯誤していました。そういったなかで、2013年に小さな不動産会社を経営していた親戚が亡くなり、会社を清算するかどうかとなったとき、私が会社を継ぎました。

その不動産会社がたまたま、競売物件を買い取ってバリューアップして転売する買取再販事業だったんです。自分が学んできたことが役にたつかもしれないと感じました。大手デベロッパー出身で宅建免許を持っている事業担当と経理の女性という社員2名の会社でした。

実際にやってみると、買取再販は資金力のある会社が強い。競売は入札保証金が必要です。たくさん入札してそのうちの何割かを落札できればよいという姿勢でできるのは大手だけ、落札できたとしても売却までに半年ほどかかる。

自分がやりたかったビジネスとは少し違うことを感じ、1年も経たずにすぐに見切りをつけて、競売コンサルティングをメインとした事業に切り替えました。

競売物件を安く買いたいという投資家や一般の方向けに競売代行を行うビジネスです。その集客の1つとして、競売物件の情報が載っているサイトとして「競売マンションドットコム」の前身となるサイトを立ち上げました。

すると、結構問い合わせがあり、高年収の方からの反響が取れました。ただ、これもマネタイズが難しかった。競売代行は落札できなければお金になりません。「いくらぐらいで落札できるか?」といった相談も、実際に査定書を作ってもお金にならなかった。また、その通りに落札できる保証もありません。事業性が乏しく、考えが甘かったですね。そこで、もっとITやAI、データを活用するビジネスを提供したいと考え「競売マンションドットコム」を作りました。

―紆余曲折があり「競売マンションドットコム」をリリースした。

実際に競売ビジネスを経験し、とてもアナログな世界だと感じました。

競売物件の落札査定は、勘と経験に寄るところが大きい。競売データがあるのであれば、もっとロジカルに予測結果を出すことができ、説得力があると考えました。そこで「競売マンションドットコムPRO」を作ったところ、上場企業にも導入されるようになりました。

ただ、競売というニッチな市場では事業が拡大しないと感じ、もっと大きな市場を狙っていけるサービスを作りたいと考え「OlivviA」をリリースしました。

ワンダラス・遠藤栄一社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部


―「OlivviA」をリリースして反応はどうですか。

具体的な数値は非公表とさせていただいていますが、ユニークユーザー数に対する無料会員登録者数のコンバージョン率が予想以上に良く、登録者数の伸びに手応えを感じています。

「OlivviA」は、まずユーザーを増やすことが重要だと考えています。

売りたい・買いたいユーザーのデータが集まれば、不動産会社に向けたマネタイズポイントはたくさんできるでしょう。

―遠藤社長が不動産事業を経験され、さらに業界に向けたサービスを提供するなかで感じている課題はありますか。

競売コンサルをしていたとき、一般の方が競売物件を購入するには、住宅ローン審査が課題だと感じていました。事業者向けのローンであればたくさんあるのに、一般の方が購入することのハードルが高かった。

あとは、競売データを分析していくなかで、債務者がどうして競売になってしまったのかとういうことはしばしば考えています。競売は基本的に無い方が良い。日本の住宅ローンは、競売で売れたとしても残債があると、支払いが続き、最悪の場合は自己破産まで追い込まれてしまいます。

私の感覚では、ローンを滞納しただけで自己破産まで追い込まれなければいけない仕組みに問題を感じています。アメリカなどでは、ローンが支払えなくなったら家を売ってしまえば終了といったローン制度があります。

それは審査方法にも問題があるからです。日本の住宅ローンは、担保評価ではなく属性審査中心です。正社員が好まれ、フリーランスや外国人には審査が厳しい。様々な働き方が生まれている現代では、正社員がメインの住宅ローンシステムは過去のもので、様々な人が安心して組めるような住宅ローン商品があれば良いなと感じていますね。

住宅ローン仮審査は、AIが活用されていますが、本審査の担保評価のAI化はまだまだ進んでいません。担保評価も必ずAI化されるでしょう。その際に、何のデータをベースにするのかと言えば、不良債権処理結果つまり競売落札価格になる。レインズや市場評価の価格だけでは与信管理の視点から不十分です。

競売の落札価格はある意味成約価格です。AIの学習用データとして使うには、経済的合理性のある指標だと、ポテンシャルを感じています。

―将来の展望について教えてください。

将来的にIPOを目指しています。

そのためには、SEOに力を入れてユーザーがたくさん集まる仕組みを作りたい。「OlivviA」にユーザーが集まってくれば、プラットフォームに参加してくれる不動産会社が増えるだろうと思っています。

まずは年内に、物件レコメンド機能を有する形での不動産会社向けリード獲得支援サービスをリリースして、短期間で100社に利用してもらうサービスにしたいと思っています。

 
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