遠くない将来、不動産テックによって不動産ビジネスは劇的に変化すると言われている。これまでの商慣習や仕組みが変わり、無数の新ビジネスが生まれるかもしれない。

不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。今回は、いい生活(東京・港区)・前野善一社長社長に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)

いい生活・前野善一社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部

―いい生活社は、提供しているサービスが多岐に渡っています。一言で表現するならば、いい生活とは何をしている会社なのでしょうか。

不動産市場におけるあらゆるデータを当社のデータベースに集め、それを不動産市場のステークホルダー、例えば不動産会社やエンドユーザー、そして不動産業界向けのサービス会社に活用していただくことをメインとしている会社です。

「ESいい物件One」や「pocketpost」といった当社のサービスは、データベースをあらゆる分野で提供する1つの仕組みです。

―「不動産テック」や「DX」といった言葉がない20年前から事業を展開していますね。

日本でもやっとDXやクラウド、SaaSなどと言われるようになってきました。我々が20年前から言い続けてきたことです。当社が最初に不動産会社に向けて提供できたDXによる付加価値は、媒体のデータコンバートでしょう。

今では、あらゆる会社が媒体コンバーターを提供していますが、2004年頃まではリクルートやHOME’S、アットホームといった媒体はデータ連動やコンバートを受けていませんでした。つまり、媒体ごとに手動で入力しなくてはならなかった。

生産性の低い業務が当たり前になっていて、「これはおかしい」と感じました。不動産業は大量のデータを扱わなければならず、データは正確でなければいけません。なおかつ1回あたりの取引金額が小さい賃貸業ではお金をかけられない。そこで、媒体にデータ連係を受けて欲しい、と最初に要望し、実現させたのは当社です。

データの連携によって時差がなくなり、どの媒体にもスムーズにデータが集まってくるということは、媒体の価値を向上させているはずです。そして、その後の十数年間でかなりの労働生産性向上に寄与することができたのではないでしょうか。

「ESいい物件One」 画像提供=いい生活

―現在の不動産テック企業についても聞かせてください。ここ数年の不動産テック企業には営業力が弱すぎるという声があります。その点、いい生活社はむしろ「営業を頑張っている会社」というイメージがあります。

営業力は重要ですね。

マッキンゼーが直近で面白いレポートを公開していました。コロナ禍においてのDXレポートです。そこには、「日本の企業にとってシステムはコストであるという認識」だと書かれていました。

そして本来、システムはコストではなく「イネーブラー(enabler:成功・目的達成を可能にする人・組織・手段)」、不可能を可能にする武器であると認識しなければいけないとありました。

イネーブラーという考え方は、まだまだ日本の不動産会社には一般的ではありません。つまり「これはコストだけれども、どれだけのリターンを生む投資であるか」をきちんと説明できなければならない。だから営業が必要なのです。これだけ、コロナでDXとかリモートなどと叫ばれていますが、不動産業界はシステムの投資になかなか意識を向けにくい。そういったなかでは説得営業は重要です。

―良いサービスができれば勝手に売れていくと考えている会社も多いです。

理想は良いものが勝手に広まっていくことだと思っています。しかし、それは簡単なことではありません。

例えば、Amazonが提供するAWS(Amazonが提供するクラウドサービス)は、かなり利用者が増えていますね。一見するとAmazonはオートメーションのイメージがありますが、実はAWSには担当者がついてくれて、丁寧にサポートしてくれる体制が整っています。実は、人による対応がかなりの部分を占めている。だからこそ、ビジネスが伸びています。

もちろん、オートメーションで売れることは理想です。当社もそういった類いの商品をもっと増やしていこうとは思っています。しかし、人による説明や営業、サポートはまだまだ重要な要素なのです。

いい生活・前野善一社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部


―いい生活社が提供しているサービスには競合となるサービスが多いです。差別化のポイントはどういったところでしょうか。

まず、当社のサービスが唯一のクラウド型SaaSサービスであるということです。

オンプレミス(クラウドではなくPCにインストールする仕様)のサービスは、カスタマイズして納品し、消費税や民法の改正、管理業に関する法の改正などがあれば1つ1つ対応しなければなりません。一方、クラウドのSaaSはそういった変更も迅速に対応できます。

もう1つの大きな違いは、データベースが当社の手元にあるということ。つまり、ビッグデータの活用などができるということです。

例えば、オンプレミスのサービスでは、入居者の平均収入や男女比、居住年数、勤務先一覧などを検索して抽出して分析することができません。だから、経営指標として活かすことができない。だから、システムがコスト扱いになってしまう。

当社には、詳細な家賃トレンドなどを分析レポートとして提供するサービスがあります。それを活かしてオーナーに付加価値を提供することもできます。

― では、サービスを享受している不動産会社側は、この20年で変化はあったのでしょうか。

正直、この20年で業界全体のITリテラシーはあまり向上していないと思います。

テックやIT化、DXといったものは、業界中心のビジネスモラルや商慣習を排除し、そういった無駄が入り込む余地を無くすものだと考えています。そして、価値のある付加価値を提供しなければいけない。

不動産会社の付加価値は、オペレーション業務ではありません。対オーナー・対物件・対エンドとの対応だけだと思っています。そこに時間を使うべきですが、まだまだそういった意識が生まれていないでしょう。

―例えばどのような業務が付加価値となるのでしょうか。

管理会社はPMであり、AMです。

ほとんどの会社はAMをやれていませんが、これからはAMの基礎中の基礎まではやるべきだと感じています。

毎年3月頃になると、公認会計士や税理士は、不動産関係で地獄を見ています。収支報告書が正確ではなく、再度修正・提出を依頼しても、不動産会社も繁忙期でなかなか対応できない。

そこをテクノロジー化する。「ESいい物件One」のシステムに全物件のデータとコストが反映されていればボタンひとつで年間収支がまとめられます。「pocketpost」によって会計士や税理士とコミュニケーションを取りつつデータを繋げる。オーナーに対する収支報告書をつまびらかにするという部分でも、IT化やシステム化が重要になっています。

―いい生活社は、賃貸がメインというイメージがありますが、売買領域についてはどうでしょうか。

我々も売買の領域を強化していこうと思っています。

しかし、不動産売買も課題は多いと感じます。例えば手数料です。

例えば、日本の不動産は流動性が低いままだから、もっと手数料を抜こうと考えてしまう。20年以上前の株式市場のようですね。株式市場では金融ビッグバン以降、自由化が進み、流動性が高まったことで、市場が大きくなり、手数料も低くなった。不動産市場も流動性が増せば、手数料が下がるでしょう。

そのためには、情報の透明性をよりクリスタルクリアにしていくことが重要ですね。情報の透明性が増せば、常に競争を意識させることなど、トータルではプラスだと思います。

―情報の透明性については、様々なテック企業も課題視している部分です。

大手・財閥系でさえ、両手仲介をやらなければ成り立たない市場になっていますからね。

ただ、当社のデータベースが行き渡り、情報が流通しやすくなったとして、今のプレイヤー全員がメリットを享受できるかというと、NOです。

株式市場だって、利益出る人と出ない人がいるわけですから。適切な判断ができる根拠はデータしかないと思っています。だから、適切な判断ができる情報と場所を、不動産市場全体に提供したいと考えています。

情報が行き渡ると、「価格が下がる」「家賃が下がる」という意見もありますが、私は上がると思っています。貸したい人と借りたい人が広く知れ渡ったら、需要と供給はさらに可能性が広がるわけですから。

いい生活・前野善一社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部

―情報がクリアになっていくことで、仲介会社がいらなくなる可能性があります。特に賃貸においてはよりその傾向は高まっていくのではないでしょうか。

都心部では数が減っていますね。

しかし、郊外にある当社の顧客である管理会社に話を聞くと、どんなに高くても自社付け比率は7割程度でした。3割は他の客付け会社に決めてもらっています。

どうやってもリーチできない人がいる。情報がクリアになっても、情報にアクセスできない人、しない人がいることを考えれば、変わらないでしょう。つまり、仲介会社も必要なのです。

―今後、生き残る不動産会社と生き残らない不動産会社は何が違うのでしょうか。

一定のストック、不動産業界なら管理物件を持ちつつ、そこからのストック収入を投資や内部留保に回しながら事業を営める会社は強いと思っています。そして業務の効率化ができる会社です。

例えば、リーシングが強い会社でも、専任で委託を受けることで付帯や更新での収入がある。これもストック収入の1つですね。そういった足腰の強さがこれからは重要になってくると感じています

―将来の展望や目標はありますか。

最初の話に戻りますが、日本中の不動産市場で流通するデータが当社のデータベースに集まり、それが不動産市場の発展に活きる状態に持っていきたいですね。

そのためには、当社のサービスを使っていただくことが重要です。

クラウドでSaaSのサービスは、参加者が増えれば増えるほど、データが集まり、参加者にメリットがある仕組みです。その環境を当社だけが作ることができる。あわせて、ビッグデータやデータアナリストとなる人材を増やしています。

また、今後もエンジニアの領域を強くしていきたい。エンジニアも営業的な思考というか、市場を俯瞰して見るような思考を持つことが重要です。顧客だけを見てしまうと不動産会社だけを見てしまうことになります。ただし、不動産会社のために、彼らの言うことを実現させることが本当に利益になるのかというと、それは分かりません。不動産会社の向こう側にいる消費者にとって良いものではないといけませんから。

不動産会社からお金をいただいているこということは理解しつつ、その向こうの国民経済に対してメリットがあるような仕組みを作らなければ、不動産業界にとっても不動産会社にとってもプラスにならない、というマインドをこれからも持ち続けたいと思っています。

 
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