「続いてはアメリカの住宅着件工数についてのニュースです」とアナウンサーが話すと、画面がニューヨークの中継に変わった。生真面目なリポーターが「4月の米住宅着工数は、市場予測を2.6%下回る117万2千戸となりました」と伝えていた。


経済ニュースを見ていると、アメリカの住宅着工件数について大げさに報道されていることがしばしばある。しかし、日本の茶の間で見ている我々には、その重大さがあまりピンとこない。全米中の大工が忙しくなったところで、それがいったい世界経済にどのような影響を与えるというのだろうか。 元証券アナリストで、キャリプリ&マネー代表 柴沼直美氏に解説してもらった。(リビンマガジンBiz編集部)

(写真=pixabayより)

米商務省が5月16日発表した4月の「住宅着工件数(季節調整済み)」は年率換算で前月比2.6%減の117万2,000戸と2016年11月以来の低水準となりました。要因として、「戸数の減少は2カ月連続だったこと」「ダウ・ジョーンズがまとめた市場予想の126万戸を下回ったこと」「集合住宅の落ち込みが続いていること」から、米住宅市場の回復が鈍化している可能性があるという声も上がりました。

では、同日のドル円相場およびNYダウ平均が下落したことも、この住宅着工件数が要因になっているのでしょうか。その疑念を検証したいと思います。

「米住宅着工件数という指標の特徴」


まず「住宅着工件数」という指標について確認します。米国において、その月に住宅の建設が開始された件数を集計した経済指標で、住宅区分別(一戸建てと集合住宅)と地域別(東部・西部・北東部・中西部)で発表されます。

指標の特徴は3つあります。

■景気の先行きがわかる指数として捉えられている

住宅のような大きな買い物は基本的にローンを組みますから、金利動向に敏感に反応し、景気の先行きがかわる指数としてとらえられています。

■家具や家電の購入行動への波及効果

住宅投資が活発になると、それに伴って家具や家電製品の購入も増加するなど波及効果が大きいという意味で注目されています。

■月ごとのブレが大きくなる傾向がある

天候要因に左右されたり、集合住宅など大型案件が着工されると実態以上に大きく増加したようにみえたり、その次の月は逆に大きく減少したようにみえたりします。そのため、月ごとのブレが大きくなる傾向があります。

(写真=pixabayより)

「米住宅着工件数と景気の関係」


今回のように、2か月連続で前月比割れとなり、同じタイミングで株安、ドル安となると、「住宅需要が落ち込んで景気悪化のシグナルが出たので、ドルも株価も売られた」とセンセーショナルに報道されます。

しかし単月で大きく上下に動くような経済指標で判断できるほど、景気サイクルは単純ではありません。例えば、FX投資など、短い時間軸で損益が決定するような場合は、経済指標が発表された直後に予想より、「良かったか」「悪かったか」によって売り買いを仕掛ける手法が一般的です。

彼らによる為替の主観的な動きが、「一時的に株価の動きに影響を及ぼすこともよくある」ということです。つまり、日々の値動きは、このような投資家の思惑によって大半の説明がつきます。事実、この結果を受けてNYダウ平均が下落した翌日には、しっかり値が戻っていることからも、日々の経済指標に一喜一憂してもあまり意味がないということがわかります。

特に、住宅・建設関連や造船・航空機などの機械受注統計といった金額の大きな案件が決まったかどうかで左右される経済指標を見るには、一般的には「3ヶ月移動平均」をとって毎月のブレを抑制させ、ベクトルが上向いているのか下向いているかで判断します。さらに住宅関連の統計数値は、ほかの指標も併せて確認することが大切です。


出所:米国商務省

「ほかにもある!米住宅関連指標」

 住宅関連の指標はほかにも、「住宅建築許可件数」「新築住宅販売件数」「中古住宅販売件数」といったものがあります。簡単に表にまとめましたので、参考にしていただければと思います。

             米国の住宅関連指標のまとめ


出所:各種資料より筆者作成

「住宅建築許可件数」は、住宅の着工に先立って地方自治体などに、許可申請を行わなければならない地域での許可発行数を調査して発表しています。サンプル数1万9,000ヶ所で着工許可を受けたうちの98%は実際に着工されていることから、住宅着工件数よりもさらに先行性の強い指標です。
「新築住宅販売件数」および「中古住宅販売件数」ですが、中古住宅販売の規模が新築住宅販売の規模より大きいため、中古住宅販売件数のほうが、一般消費者の景気見通しが反映され関連需要にも繋がることから、景気動向の先行指数として注目されています。しかし、新築件数は契約書ベースであるのに対して、中古住宅販売件数は所有権移転完了ベースで集計するため、新築住宅販売件数に対して30~60日の遅効性があると言われています。
一方、住宅「件数」ではなく「価格」に関する経済指標も発表されており、代表的なものが毎月発表される「ケースシラー住宅価格指数」と四半期ごとに発表される「全米住宅価格指数」です。特にケースシラー住宅価格指数は、住宅価格の動向を示す最も一般的な指数として注目されています。
「件数」「価格」以外に、住宅市場の動向を示すものとして、全米ホームビルダー協会(NAHB)と、ウェルズ・ファーゴ(注:カリフォルニア州を本拠地にする金融機関)が毎月発表している「住宅市場指数」があります。この統計では、3月が「71」、4月が「68」、5月が「70」、6カ月先の見通しが「75」と、いずれも住宅建設業者の多くが現況を「良い」とみていることを示す「50」を大きく上回っていることが読み取れます。景気の良し悪しやトレンドの向きをエコノミストが判断する場合は、寧ろこちらを重視するのではと思われます。
「まとめ」

本稿を振り返って、アメリカ住宅着工件数が景気指標として重視されている理由は、「住宅ローンや金利動向に大きく関わっている」「住宅購入に伴った家具や家電、車などの購入行動に波及する」からです。
さて、では最後に全米の景気指数を元に経済動向を予想してみましょう。
現状、GDPの7割を占める消費支出が完全雇用に支えられてきわめて堅調に推移していることから、FOMC(連邦公開市場委員会、米国の日銀に相当します。バブルが起こらないように景気の動向を見ながら金利水準を調整します)では、金利引き上げが妥当であるという見解に傾いています。
しかし、金利をあまり積極的に上げるスタンスを明確にすると、今回見られた住宅着工件数や建築受注など、金利に敏感に反応する分野には見過ごせない下押し圧力がかかるでしょう。また金融商品であればREIT(不動産投資信託)にもマイナスとなることが懸念されます。
前述した通り、住宅着工件数は波及効果が大きいことから、行き過ぎた金利引き上げスタンスは中間層を中心とした住宅購入意欲の減退を引き起こし、「個人消費の弱含み→GDP成長率の低迷」となり、ひいては日本経済へも向かい風が吹いてくる危険性を含んでいます。
そう考えると、当面は住宅着工件数もさることながら金利動向に注目しておくべきでしょう。

 
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